マツリさんについての小説(あげ直し)

「その人は、いつも小さかった」
                                   客野支配人
 

 私は、そこそこの高校を卒業して地元を離れ、そこそこの大学を卒業して地元に戻ってきた。「地元」というと田舎のようだが私の生まれは東京で、通った大学は九州である。
 「なんでわざわざ東京を離れたの?」とよく訊かれた。そのたびに「いやあ、うるさい東京を一度離れてみたかったんですよ…」と答えるものの、実際のところ特に深い理由は無かった。いくつか大学を受けたものの、合格したのがそこだけだったという話である。九州に特に思い入れはなく、偏差値がたまたま私にとって都合がよかっただけだ。ファッションに疎い私には、ファッション指定地区であるフォースはそれほど魅力的ではなかったのかもしれない。
 就職は地元のゲームセンターにした。叔父がやっている、それほど大きくはないところだ。これにも特に深い理由はない。叔父が「人が足りてなくて困っている」と誘ってくれたので行ったに過ぎない。給料はそこそこ。忙しさはそれなり。やや古めのゲームをいくつか取り扱っている点で珍しさはあるものの、基本的にはごく普通のゲームセンターだ。
 夕方から夜にかけてはお客がそこそこ入るが、昼はガラの悪いヤツが少し来る程度。なぜなら近くに警察署があるからであり、叔父は何か問題が起こるたびにそこに駆け込むからである。そんなところになんでわざわざお客も来るのだろうと思っていたが、むしろ、ルールの範囲で楽しく遊べるということで、PTAからの評判は(ゲームセンターにしては)いいらしい。いわゆる「いい子」がよく来る半面、ちょっとヤンチャな子どもの間では、「あそこは行ってはならない」ということで有名である。
 だから、どう見ても中学生くらいのなりをした女の子が月曜昼の11時というド平日の真昼間に来た時、おや、と思った。
 身長は平均的な中学生といった感じだが、見ている方が心配になるくらい華奢。服装は動きやすさを重視した軽装で、洒落っ気はあまりない。髪は短いようだがニット帽に隠れてこちらからはよく見えず、しかし少し視線を下にやるとあどけない笑顔。あの笑顔は、ゲームセンターにはどんなワクワクがあるのだろうという顔だ。ゲームセンター通いがルーティンワーク化しているのではなく、見るもの全てが珍しくて仕方がない、冒険家の顔だ。
 そう言えば、私にもあんな頃があった。中学生のころ、初めて叔父に連れられて入ったゲームセンターでのことである。
親が厳しくて、小学生の間は、たとえ叔父の店とは言え、ゲームセンターという名の施設に足を踏み入れることは許されておらず、許されたのは中学生になってからだった。中学校の入学式の帰り、渋る両親を説得し、叔父は私を自分の店に連れて行った。
 自動ドアを開けた瞬間に、今までの聞いたことがないほどの大きな音が聞こえた。そして、音がいくつも混ざり合い、混沌とした騒音を生みだしている。その有無の言わさぬ音量に圧倒され、思わず目を閉じた。数秒そのままでいて、おそるおそるゆっくり目を開ける。うちのテレビより大きな画面が視界に入ってきた。左右に目をやれば、ドラマでしか見たことのなかったボタンやレバー。世界のどこであっても、ゲームセンター以外の場所には置いていないようなものがたくさんあった。
 どこに行って何からすればいいのか分からず、呆気にとられている私に、叔父は言った。店内の音に負けないよう、少し大きな声で。
 「そうそう、俺はこの顔が好きなのよ!」
 だが、何度も通い、慣れてくるとそこはフロンティアではなくなった。いたずらで貼られたであろうシール。筐体の裏に積もった埃。手に入る景品の安っぽさ。目新しさが欠けたゲームセンターは、もはやただの虚ろなハリボテにしか見えなくなった。
 いつしか店内の騒音も、全て聞き分けられるようになっていて、混沌ではなくなった。
「暇だな、6時まで時間潰すのにゲーセン行く?」
 「んー、まあそれでいいか。」
 私は、ゲームセンターが数ある大衆娯楽施設の1つに過ぎないのだと知った。
 若い、いや、幼かった時の話である。
 はっと我に返る。昔を思い出している場合ではない。叔父はまだ気がついていないようだが、学校がやっている時間に中学生がうろついていれば、警察に突き出すのがいつものパターンだ。学校サボるやつに肩入れするつもりはないが、前から叔父の処置は厳しすぎると思っていたので、できるならばこっそり逃がしてやりたい。
 私は受付から立ち上がると、少女が遊んでいるレーシングゲームコーナーまで足を運ぶ。
 近くで見ると、改めて小さい。小学生…はさすがに違うだろうが、つい最近小学校を卒業しましたと言われたら納得できるくらいには小さい。…もしかして、そのパターンかもしれない。中学校で授業についていけず、非行に足を伸ばしている、不良のなりかけ。ならば、本格的になってしまう前に道を正してやらねばならないだろう。
しかし、彼女のプレイは初心者と思えないほど巧みだった。平均的な男子学生を基準に作られたカーシートは彼女にはかなり座りにくいだろうに、腰を浮かすなどして器用にハンドルを操っている。ショートパンツから覗く足は細いが、よく見るとしなやかな筋肉があることが分かる。中一にしてはよく慣れている。
 彼女が何者か掴みかねているまま、シートから1メートルの距離に近づくが、夢中になっている彼女は気がつかない。
仕方がないので、とりあえず、咳払いを1つしてから話しかける。
 「コラ、中学生が昼間からなに遊んでんだ?」
 「ゴール!ラップタイム新記録更新ー!」
 私が話しかけた瞬間に、彼女の車がゴールし、けたたましい電子音が流れ、重なった声がかき消された。
 ふうと一息つき、満足そうにシートから降りようとして…そこでようやく私に気がつく。にっこりと、人懐っこい笑みをこちらに向ける。
 「イエーイ、店員さん!今のプレイ見てくれてた?ちょー速かったっしょ!」
 心の底から嬉しそうな顔。少し垂れた目は大きく、口元からは八重歯が少し見え、大人になり切れていない――というかむしろ子どもっぽい、かわいらしい顔立ちをしている。だが、この子は自分の置かれている状況が分かっているのだろうか。下手したら補導、親や学校を呼ぶことになる。やはりどうも小学校を卒業したてのようだ。悪いことだとあまり思っていない。この店の噂も知らないのだろう。しかしそれは逆に言えば、更生の余地があるということだ。仕切り直しのつもりで、もう1度咳ばらいをする。
 「こほん、そんなことはどうでもいいんだよ、お嬢ちゃん。学校はどうした?サボりはこの店では警察にソッコーで突き出すことにしてるんだよ。それが嫌なら早く家に帰りなさい。」
 叔父が来ることを恐れ、少し早口で少女に伝える。なるべく声を荒立てず、しかしちゃんと恐怖を持ってもらうように。こう言えば、おそらくすぐに察するだろう。
 しかし――その後の彼女の行動は私の予想とは違っていた。
少女はまず目が点になり、次に大きくため息をつき、頬を膨らませてまた萎ませる。そして私の勧告には答えず、無言でポケットから財布を取り出す。
そして、免許証(’’’)を取り出し、私の目の前にぐいっと突きつける。
は?免許証?
「ア、タ、シ、は、に、じゅ、う、いっ、さ、い、のお!オトナですぅ!」
「はいぃ?」
叔父の存在も忘れ、思わず変な声が出た。慌てて目の前に出された免許証を手に取り、文字を追う。
「三森マツリ 運転免許証」の文字。
免許証ではお馴染みのぶすっとした不満げな顔写真は、しかし目の前にいる本人よりはまだおとなしい表情をしていた。
 目の前の彼女は眉間にぎゅっとしわを寄せている。そうとうご立腹のようだ。
 ただ…
 「嘘だっ!」
 「ハア?」
 「免許の偽造は犯罪だぞ!お前…警察に突き出してやる!」
 「だーかーらー!アタシは21歳なの!文字読めないの!?」
 「どう見ても中学生だわ!成人してるだって!?いくら免許証を巧く偽装したってなあ、見た目がこれで騙されるわけないだろう!」
 「失礼にもほどがあるわー!店長さん呼びなさいよてんちょー!」
 「ハーン、こっちは庇うつもりだったが、お前がそういうことならいいぜ、叔父さんにたっぷり怒られて泣きながら謝罪しろガキ!」
 
 「…お客様に大変失礼なことを言ってしまい、本当に申し訳ございませんでした。」
 叔父にたっぷり怒られて謝罪した(泣いてはいない)のは、私の方だった。
 少女――三森マツリは本当に成人だった。
 以前ゲームセンターも所属する商店街のイベントのバイトとして参加した三森マツリに、商店街の係としてバイトを採用した叔父は会っていたのだ。叔父も最初は年齢詐称を疑ったが、履歴書と一緒に戸籍謄本まで提出されて、信じざるを得なかったらしい(いつも同じことを疑われるそうだ)。そしてイベントの準備を一緒に行う過程で会話を重ねると、彼女から発せられたのは、確かに年を重ねた大人の言葉だった。彼女はバイトメンバーの中心になって、叔父たちを大いに助けたという。
 そしてイベントの打ち上げの飲み会で、2人は意気投合する。
 『えっ、マツリちゃん、ゲーム好きなの?うち、ゲーセンやってるからいつでもおいでよ!サービスするわ!』
 『本当ですかッ!行きます行きます絶対行きます!』
 それで今日、実際に来てみたということだった。
 「…それにも関わらず、中学生だって言われてさー、しかも免許証を偽造?アタシはそんなくだらないことしないっての!」
 「まことに申し訳なく…」
 「いやあほんと申し訳ない、マツリちゃん。この通りだ。」
 叔父と私は深々と頭を下げる。それを見て、マツリは大きくため息をつくと、不承不承と言う感じで話をする。
 「…もういいよ、アタシも慣れてるしね、マツリお姉さんはこれくらいでそんなに怒ったりしないからさ。二人とも頭上げてよ。」
 意外と素直だった。本当に、自分の感情をちゃんとコントロールできる大人であるようだ。顔を上げ、改めてマツリの顔を見る。改めて顔をちゃんと見ると、素直な気持ちが声に出た。
 「…本当に成人?」
 「うきゃー!」
 私はまた怒られた。

 マツリは、その後も週に一度くらいの頻度でうちにやって来た。いつも目は輝いており、大きなコントローラーを器用に操っていた。時間はバラバラ。最初の時のように平日真昼間に来たこともあるし、閉店に近い深夜にやって来たこともあった。中高生が多く訪れる夕方や休日には、ダンスゲームを主にやっていた。「圧倒的にうまい女の人がたまに現れるらしい」ということで、次第に学生がギャラリーをなすようになった。彼女自身もギャラリーの視線を楽しんでいるようだった。また、ゲームの合間に私とマツリはよく話すようになった。ゲームセンターの店員ということもあって、私はかなりゲームに詳しいと自負していたのだが、マツリの知識は私のそれを圧倒していた。ただ、レトロゲームにも通じている彼女はいったい何者だろうとより一層不思議に思った。職業を色々と考えてみたが、21歳で、時間にあまり拘束されにくい立場ということならば、大学生だろう。そういう結論に至った。
 「いや、フリーターだよ?」
 大学生だと思って話をするも、あまりにも会話がかみ合わなかったので確認してみると、まさかの返答が返ってきた。
 「…ということはまさかお前、親の金でゲームしてるのか?」
 うちはそれほど阿漕な商売はやっていないが、週に一度うちに来ており、話しぶりから他の店にも行っているらしいようであることを考えると、相当な出費になるはずである。親の金で贅沢三昧、というダメ人間の図が頭に浮かぶ。
 私の怪訝な顔つきを見て、マツリはあははと笑って手を振った。
 「まさか。全部自分のお金だよ。アタシこう見えてもけっこうバイト掛け持ちしてるからね。一人暮らしして、生活費も自分で全部払ってるよ。生活の中心にゲームがあるってだけで、フリーターといってもやってることは普通の務め人と同じじゃないかな…たぶん。」
 仕事も惜しんでゲームとは、なかなか筋の入ったゲーム狂いだ。
 趣味に生きる、というのは確かに魅力的な生き方だろうが、普通の人間はなかなかそこまで思い切れない。「家庭が…」「社会が…」私たちは言い訳を繰り返して「大人」になる。それが普通だ。
 しかし、そう考えると、21歳にもなって本気でゲームを楽しみ、「大人」になりきることができていないマツリが幼児体型なのは、ひょっとすると筋の通ったことなのかもしれない…
 「でも、ゲーム大好きなのでフリーターやってますーって言うと、大抵の人には「マツリちゃんは身体も心も子どもだよね」って笑われるんだよね、あれがほんっと腹立つ!マツリさんはお姉さんだっての!」
 みんな考えることは同じようだった。今度は私が苦笑し、彼女に尋ねる。
 「でも、その生活をずっと続けていく気なのか?」
 「うーん、…わかんないな。」
 マツリはぽつりとそう言うと、私との会話を切り上げ、ダンスゲームのコーナーへと向かっていった。時計を見ると、時刻は既に午後三時半。30分後には学校帰りの若者がマツリのゲームパフォーマンスを見に来る。ギャラリーのために、彼女は入念な準備を欠かさないのだった。

 
しかし、その後3,4回来た後、マツリはぱったりと来なくなってしまった。叔父に尋ねてみると、元々彼女の家はここより少し離れた場所であり、なかなかこちらまでは気軽には来れないだろうということ。来なくなっても仕方がない、むしろ自然だと言う。
 私にとっても、多少おしゃべりが弾む知り合いでしかない。まあそんなもんだろうと思って、またいつもの日々へと戻った。
 

 数か月後、店頭で泥だらけのマットをはたいていたら、後ろから名前を呼ばれた。おや、この声はと思って振り向くと、マツリだった。最後に見たのと同じ軽装をしていたが、帽子にアクセサリーが数個増えていた。
 「おお、久しぶりだな。」
 「どもども~久しぶりに休みが取れたから顔をのぞきに来たよ!」
 「休み?ということは、もしかして、フリーターを脱したのか?」
 「えへへ…実はそうなんだ。」
 照れくさそうに笑う彼女に対して、私は少しがっかりしてした。何か裏切られたような、そんな感じがした。彼女もやはり「大人」になってしまう人間だったのか。
 「とは言っても、そんなにきっちりしたハードな仕事じゃないんだけどね。」
 「…ああ、最近はフレックスタイム制とか色々あるらしいからな。のびのびと働けるのは良いことなんじゃないか。ゲームセンターはほぼ年中無休だぞ…そういや、何の仕事なんだ?IT系とかか?」
 「えーっと…セブンスシスターズって知ってるよね?」
 「セブンスシスターズ?久しぶりに聞いたな、その名前。俺は詳しくはないが、数年前に流行ったよな。懐かしい…それがどうかしたか?」
 「うまく言えないんだけど、セブンスシスターズみたいな仕事してるの。」
 「セブンスシスターズ…あっ、芸能人か!歌手、女優、ダンサー…まさか芸人?すごいな、サインくれよ。ウチに飾っとく。」
 「うーん、全部ハズレ。えっとね、アタシの職業はアイドルなの。」
 私は驚いた。確かに、セブンスシスターズは「アイドル」という集団だった。颯爽と現れ、高い個性と独創性で一世を風靡した。国民的な人気を誇り、芸能事情に疎い私でさえ代表曲くらいならばなんとなく口ずさめる。しかし、人気の絶頂期にセブンスシスターズは突如解散した。その後、二匹目のどじょうを狙った芸能事務所が彼女たちによく似た「アイドル」をたくさん売り出したものの、人々が熱狂したのは、セブンスシスターズであって、「アイドル」ではなかった。セブンスシスターズの熱狂が醒めるとともに「アイドル」の人気も下がり始め、今ではごく一部のマニア以外は「アイドル」というものを忘れ始めていた。約2年という短い期間で頂点を上り詰めたセブンスシスターズは、忘れられるのもまた早かった。「アイドル」は、今では「時代遅れ」の代名詞ともいえる。私も本物の「アイドル」を実際に見たのは初めてだ。
 「…なんでまた、「アイドル」に?ていうか、今でもやってるところあるんだな。」
 自分の考えをまだ整理できていないが、とりあえず質問を投げてみる。
 「そうそう、アタシもスカウトされて初めて、アイドルってまだあるんだなって知ったの。で、スカウトされて、特に深い理由はないけど、やってみると意外と楽しかったからやってる、みたいな感じかなあ。」
 全く要領を得ない答え。マツリの方もそれは自覚しているようで、どう説明したものかと少し考えこんでから、あっと閃く。
 「そうだ、アタシのステージが今度あるんだけどさ、来てみない?そしたらわかるんじゃないかな。チケットあげるよ。さばけなくて困ってるんだ。」
 「…なんで売れない「アイドル」のチケットを買わないといけないんだよ。」
 「いやいや、話聞いてた?あげるの、三森マツリ登壇ステージのチケット、本来なら500円のところをなんと無料でプレゼント!どう?」
 「やけに安いな…お前それで本当に食えてるの?」
 「あはは…実はほとんど儲からなくて、ぶっちゃけバイトの方が稼ぎがいいくらいなんだよね、困った困った。」
 私は少し迷った。それほど深い仲ではない客からの、何やらよく分からないチケット。まさか、これは手の込んだ新手の美人局じゃないか…?
 「…まさかな、美人局ならこんな幼児体型よこさないよな。わかった、1枚もらう。大した力にはならんだろうが、500円で買おう。」
 「なんかすっごく失礼なこと言わなかった、今!買ってくれるのは嬉しいけど!当日のステージで目にもの見せてやるんだからねっ!」
 マツリは憮然とした顔で私から受け取った500円を手に、すぐさまレーシングゲームに飛んで行った。
 「うひょー、この感触久しぶり!腕が鈍っていないことを祈るよっ!」
 こうして、ゲームセンター店員の俺から手に入れた500円を、マツリは1000円にして再びゲームセンターに還元したのだった。
 
 私は、マツリが「アイドル」になっていたことが嬉しかった。まだ彼女は「大人」になっていない。それが確認できたことに心躍っていた。

 3日後、公演の時間の15分前、私は会場にたどり着いた。「ナナスタ」と書かれた狭くて小さい会場には、既に人がそれなりに入っており、熱気があった。そういえばここ数年音楽ライブにも行っていなかったことを思い出す。最後に行ったのは大学生のとき。友人が誘ってくれた、男性シンガーのライブだった。正直私はそのシンガーのことをよく知らなかったのだが、会場の熱気に巻き込まれ、翌日軽く筋肉痛を覚えるほど盛り上がったことを覚えている。
 今回の会場はその時のものよりかなり小さい、というよりここまで小規模のライブに来たのは初めてだった。照明は移動用に最低限ついているだけなので暗く、遠くまではよく見えないが、客は200人くらいだろうか。500円×200人は…10万円。さすがにこれではロクな商売にならないだろう。
 私が何の得にもならない金勘定をしていると、突然、照明が全て消えた。いよいよ始まるらしい。未知への期待に、知らず鼓動が速くなる。
 「…さてさて皆々様、今日は第8回ナナスタ定期ライブにようこそお越しくださいましたッ!「定期」と言いつつ第7回からだーいぶ待たせてしまったことをお詫びいたします…が!それだけパワーアップしたパフォーマンスを見せられると思います!それではまずはトップバッターから参りましょう!つい最近デビューしたばかり!フレッシュではじけるパフォーマンスをお楽しみください!Le☆S☆Caで、「YELLOW」!」
 ユニットの名前が読み上げられるとともに、ゲームセンター以上に大きな音でかかるイントロ。それに負けない客の歓声。ステージの袖から現れたのは、3人のかわいらしい少女たちだった。
 「みんな、今日は来てくれてありがとう!」
 「待たせた分だけたっぷり魅せてあげるわ!」
 「最後まで楽しんでいってください!」
 イントロが終わる。3人が息を吸い込んだ――……
 周囲が熱狂する中、しかし私はどこか拍子抜けだった。確かに、少女たちは可愛らしかった。だが、「可愛い」以上のものを感じることはできなかった。歌は悪くないが、ショートカットの子がやや突っ走ってきたような気がするし、ダンスはなかなかレベルの高いものだったが、背の高い子は十分にはついていけていないようだった。熱意は痛いほど伝わってくるのだが、実力が追いついていないような気がした。盛り上がる観客の中にいて、私は1人だけ場違いなような気がした。
 

 悪くはないし、久しぶりに「アイドル」を見ると、面白いものだ。
 ただ、金を払ってまでもう一度来るかと言われると微妙かもしれない。
 その後も次々現れる、様々なタイプの少女たちをぼんやりと眺めながら私はそう考えていた。
 「さて!盛り上がってきたところで次のアイドル!身体は小さいけど、そのパフォーマンスは神ってる!三森マツリちゃんの登場です!」
 開始から1時間ほど経っただろうか。やっとマツリの名が呼ばれる。
 ぱたぱたと袖から現れたマツリを見て、思わず「おお」と声が漏れた。
 「やっほー!マツリお姉さんの登場だよ!今日はよろしくー!」
 いつもゲーセンで見かけていた軽装とは違い、これまで出てきたアイドルと同じような雰囲気をまとう、可愛らしい衣装だった。ただ、よく見ると衣装のあらゆるところにゲームコントローラーやボタンをあしらったものがたくさんついていて、彼女らしさもよく出ている衣装だ。なるほど、これが「アイドル」三森マツリか。
 「オッケー、じゃあ行くよ、カバーをやらせてもらいます!…「B.A.A.B.」。」
 おや、と思った。これまで他のユニットは、自分たちのオリジナル曲を歌っていた。しかし、マツリが歌っているのは、現在大ヒット中のユニット、「KARAKURI」の曲だった。ここに来てのカバーは意外だったが、しかし私の不安をよそに、マツリは「B.A.A.B.」を見事に自分風にアレンジしていた。
 もちろんオリジナルの双子パフォーマンスには及ぶべくもないが、マツリなりの解釈を踏まえたパフォーマンスになっており、面白いものだったと思う。1曲を1つのゲームステージに見立てて進行するというのを1つの中心に据えていた。さらに、ゲームのコントローラーには「A」のボタンと「B」のボタンがよくついているが、それを踏まえ、曲名にもなっている「A」や「B」がつく言葉が歌詞に出てくるたびに、その場でジャンプしたりポーズを決めたりする。その動きは往年の名作ゲームのパロディーになっていて、ゲーマーならではのこだわりがよく見えた。
 「B.A.A.B.」そのものも私は割と好きなので、このパフォーマンスに夢中になった。しかし、周りを見ると、相応に盛り上がってはいるものの、それまでのパフォーマンスよりはあまりノッていないようだった。おそらく、ゲームネタがややマニアックなため、ネタについてくることができない客が多いのだろう。「B.A.A.B.」の曲自体も独特なリズムなので、アップテンポの曲の次に来るとその急旋回に戸惑うのだろう。
 「ありがと!」
 最後にウィンクを飛ばし、マツリはステージから下がっていった。観客は最後まで「まずまず」の盛り上がりだった。

 その後もたくさんの「アイドル」が現れ、パフォーマンスをし、去っていく。2時間半が経ち、全員が登場して一曲歌ったところでライブは終了した。結局、最も私の心をつかんで離さなかったのはマツリのパフォーマンスだった。一方で、多くの客はそう思わなかったのだろうなとも思った。

終演後、既に日が暮れた道を一人で帰りながら、私はライブの内容を反芻していた。
 全体的に見るとわりと面白かったし、500円と考えるとむしろお買い得ともいえるパフォーマンスなのだが、それほど心震えるものではなかった。マツリには悪いが、手間を考えると、次の公演には行かない…いや、マツリのパフォーマンスは好みだった。マツリのステージが見られるなら行ってもいいかもしれない。楽曲をゲーム風のパフォーマンスとしてアレンジするというのは面白いと思う。
 考え事をしながらゆっくりと歩いていると、入ったことのないラーメン屋を見つけた。今日はもう外食でいいかと暖簾をくぐる。いい匂いが鼻を突き、空腹を覚えると同時に疲れも感じた。知らぬ間に体力を消耗していたらしい。
 「いらっしゃいませ、こちらにどうぞ。」
 店員さんに促され、カウンターに座る。醤油ラーメンと餃子を注文し、ホロコンをいじる。
 「いらっしゃいませ、こちらにどうぞ。」
 新たに2人の客が入ってきて、私の隣に座る。座るなり、1人が口を開いた。
 「やっぱさ、レスカは凄いって思うんだよ。」
 「分かるけど、個人的には今日のMVPはニコラかな。」
 偶然にも、隣に座った2人はどうやらナナスタライブに参加した客のようだった。怪しまれないようにホロコンは触りながら、せっかくなので会話に耳を傾ける。
 「レスカはあの初ステージからマジでうまくなった!」
 「あーくそいいな、俺それ見てないんだよ…」
 「まあ、俺もまさかハルちゃん見に行って、まさか代打のレスカにはまるとは思わなかったわ、キョーコちゃんマジかわいい。」
 「配信のヒールっぷりも最高だけど、やっぱり生で見ると顔ちっちゃいよな。」
 「最初はスリーセブンのおまけみたいに出てたのに、今や定期公演のトップバッター任せられてるんだぜ、最高かよ。」
 「最後のハジマリウタでセンターで立ってたの見て泣いちゃったよなあ。」
 「あーレスカまた会いてえ…」
 「はは、ニコラもよくなかった?」
 「そういや今日はコルシカの子ら来てないなーって思ったらまさか「テスト期間だから会長命令で一定の成績の人以外は参加不可にした」って言ってて笑ったわ。」
 「相変わらずムスビちゃんって住む世界違うよなあ…なんであの子アイドルやってんだろ。」
 2人の会話を聞いていると、ステージが立体的に見えてきて面白い。
 オープニングで登場したユニット「Le☆S☆Ca」はどうやらデビューしたてらしく(そもそも全員デビューしたてらしいが、その中でも特にデビューからまだ間もないらしい)、デビューから追っていたファンから見ると、短期間でめきめきと成長しているらしい。「Le☆S☆Ca」以外の子たちについても様々なエピソードが飛び出してくる。
 やって来た醤油ラーメンをすすりながら会話に聞き入っていると、2人はマツリにも言及した。
 「マツリさんは相変わらずゲームオタクだよな!」
 「いやあ、俺ゲームほとんどやんないからさ、ぶっちゃけよくわかんないんだよね。」
 「まあ俺も似たようなもんだよ。マツリさんはゲームだけじゃなくて色々やってみてもいいと思うんだけどな、あんだけちっちゃいんだからちょっと幼女路線とかもいけそう。あ、でも…」
 「マツリさんはお姉さんだから、だろ?」
 「そうそう、あの駄々っ子はウケるよな。」
 案の定、ゲームネタはウケが悪かったようだ。口ぶりから察するに、どうもこれまでのステージでもゲームネタを繰り返してもいるらしい。
 パフォーマンスそのものにはあまり触れられずに、2人は別の子の話題に移ったが、私はマツリについての二人の会話を考えていた。
 初めて会った時の見た目と中身のギャップ。
 生活をゲームの中心に据えるマニアっぷり。
 卓越したゲームプレイと、パフォーマンス。
 ステージの外のマツリとステージの上のマツリは、やっていることは少し違っていたけど、でも確実に同じ人で、ゲームが好きで、パフォーマンスが好きなのだということが伝わってきた。
 そこでふと気がつく。でも、なぜゲームが好きならゲームのプレイヤーとしてだけ楽しめばいいのに、わざわざゲームの外の世界である「アイドル」に手を出したのだろう。ゲームの世界なら、もっと彼女を評価してくれる人がいるはずだ。2人はマツリのパフォーマンスをあまり高く評価していなかったが、他の多くの客もそうだろう。しかし、彼らはゲームフリークではなく、「アイドル」のファンなのだから、ある意味当然だ。それくらい分かりきったことなのに、マツリは、なぜゲーム風のパフォーマンスを繰り返すのか?彼女は何を思ってアイドルになったのか…?
もしかして、不本意ながら「アイドル」をしているのではないか?
 少し考えてみたが、答えは出なかった。
 ラーメン屋を出て家にたどり着くと、すぐに眠気が襲ってきた。
 マツリの真意に思いを巡らす暇もなく、すぐに意識は飛んだ。

 「いやあ、昨日はありがとね!」
 ライブの次の日。夕方になって現れたマツリは、満足そうに笑っていた。
 「うん、面白かったぞ。ゲームネタもたくさんあったし。」
 「お、そこを分かってくれるとはさすがゲーセン店員ですな~。喜んでもらえたようでなにより。」
 「ああ、他の子とはまた違う雰囲気だったが、俺はむしろああいうのが好きだな。」
 「ナナスタっていろんな子がいておもしろいっしょ!私も毎日楽しいんだ。」
 にひひと笑う彼女の眼は、無理をしているようには見えなかった。だから私は彼女に訊こうと思ったことを胸の内にしまい、代わりの質問を投げかけた。
 「そう言えば、他の子はみんなオリジナルだったのに、お前だけなんでKARAKURIのカバーだったんだ?」
 「おう、それもなかなか鋭い指摘だね。実は私、まだ持ち歌が無いんだよ。」
 「そうなのか。へえ、それは意外だな。てっきり歌手みたいに、自分の曲とともにデビューするもんだと思ってた。」
 「まあそういうパターンが多いけどね。だからというわけでもないんだけど、どうしても出られるライブやイベントも限られちゃってさ。今回のも久しぶりの定期ライブだったんだ。」
 「ふーん、じゃあいつ曲もらえるの?」
 「期待してもらってるとこ悪いんだけど、実はまだ決まってないなんだよね。アタシもわかんない。」
 「なんだそれ、お前そんなんでいいのか?」
 「まあまだデビューしたばっかだし、とりあえずは他のお仕事頑張るつもり。」
 「そっか、がんばれよ。」
 「へへ、ありがと。」
 申し訳なさそうにそう言うと、彼女は帰っていった。どうも忙しい中わざわざ時間をぬってお礼を言いに来てくれたらしく、ライブにいまいち乗り切れず、「アイドル」が何かよくわからなかった私としては、なんとも言えない気まずさを感じたのだった。

 その後数か月は、マツリは月に一度来るか来ないかという感じだった。
 私はナナスタのホームページをたまに閲覧して、彼女の仕事を見ていた。その感想を、たまに来店するマツリに伝えるのがいつもの流れになっていた。
 「この前のお前が出てたイベントのゲーム、ドットのゲームって久しぶりに見たわ。」
 「そうそう、このご時世にドット?って思ったけど、やってみるとハマるんだよね、これが!あの衣装とか背景のプロジェクションマッピングも凝ったものでさ、愛感じるよね。」
 「口紅のポスター見たけど、あれすげーな。やっぱりメイクってすごいと思った。」
 「うんうん、マツリお姉さんの魅力が…ってあれ?私は褒められてるのか?」
 「制服って流石に厳しいかなって思ったけど、みんな意外と好評でさ!」
 「違和感がなさ過ぎたんだが、やっぱりお前ティーンエージャーだろ?」
 ライブにはあれ以降2回だけ行った。マツリが出た時だ。マツリのゲーム的なパフォーマンスは相変わらず私の好みだったが、マツリ以外の「アイドル」についても、ホロコンの配信や周囲の噂話などから少しずつ情報が入ってくるにしたがって、この子も色々頑張ってんだな、くらいは思うようになった。
 ただ、それはあくまでそれくらいのものだったし、現に私はマツリが出るとき以外の公演には足を運ばなかった。
 「お前、最近マツリちゃんの映像よく観てるな。好きなのか。」
どうやら私は周りから三森マツリのファンと思われるくらいのものにはなったようだと知ったのは、叔父がそう言ったからだった。
「好きというか、面白いよな。」

 ある日、ナナスタのサイトを見て驚いた。
 「新ユニット登場!「The QUEEN of PURPLE」!メンバーは越前ムラサキ、瀬戸ファーブ、堺屋ユメノ、三森マツリ デビューシングル「TRIGGER/Fire and Rose」発売予定!」
 とうとうマツリにも持ち歌ができるらしい。「QUEEN」の文字や英語名の楽曲、特に「TRIGGER」――「引き金」が引っかかった。どうもカッコイイ系のグループらしい。カッコイイ「アイドル」、というとセブンスシスターズみたいな感じだろうか。マツリのイメージとは少し違う――あいつがクールに決めるというのは想像できない――が、なんにせよ楽しみだ。ここ三か月ほどウチに来ていないが、それはこれが忙しかったからだろうと合点がいく。
 
 数日後に「TRIGGER/Fire and Rose」の視聴が始まった。聞いてみて意外だったのが、マツリの声が聞こえなかったことだった。おや、と思って楽曲情報を調べてみると、どうも「The QUEEN of PURPLE」はバンドユニットで、堺屋ユメノさんとマツリはそれぞれ楽器の演奏に専念するらしい。あいつドラムなんか叩けたのか。確かにリズムゲームの類は(も)全体的にうまかったが、ドラムやってたから音感があったということか。私はそう納得して、改めて楽曲を視聴した。
 私は音楽は素人だが、確かにボーカルの越前ムラサキさんの歌はうまかった。うまかっただけに、なぜこの子は歌手ではなく「アイドル」をやっているのだろうと思った。ベースの瀬戸ファーブさんが楽曲も作っているらしいが、なかなか尖っている――というよりそれまで聞いたナナスタの「アイドル」の曲とはかなり様子が違っていた。堺屋ユメノさんがどういう子かはよく分からないが、これだけギターを弾けるのだから、どちらかと言えばアーティスト志向なのだろう。
 私はガールズバンドにも疎いが、「アイドル」よりはまだ多少わかる。4人とも「アイドル」っぽくない、どちらかと言えばガールズバンド寄りの「The QUEEN of PURPLE」はわりと好きな部類の音楽だった。こういう曲を聞けて良かったし、知り合いがそこにいるというのがなんだか嬉しかった。
 初めてナナスタのライブに行ったとき、私は「マツリは何を思って「アイドル」になったのだろう」と不思議だった。しかし、彼女がドラムをやっていたということを考慮すると、もしかしたらバンドみたいなことがやりたかったのかもしれない。だけど他にメンバーがなかなか揃わなくて、ソロでゲームみたいなパフォーマンスをしていた、みたいなことかもしれない。
 繰り返し「The QUEEN of PURPLE」の楽曲を聞きながら、私はなんとなく答えを出せたような気がして、すっきりとした。そうか、そういうことだったのか。
だったらマツリのやりたかったという、そのパフォーマンスを見に行かないとな…。
 その日から、「The QUEEN of PURPLE」の公演が来るのを今か今かと待つようになった。デビューシングルも、配信日にすぐに購入した。こんなに1つの音楽グループに注目するのは久しぶりだった。ただ、マツリはその後、ずっとうちの店には現れなかった。忙しいのだろうと思うと同時に、寂しいとはっきり感じるようになった。

 「ハーイ、こんばんは。越前ムラサキだよ。喋るのは得意じゃないから、早速行こうか。――「TRIGGER」。」
 うおおおお。
 さほど大きくないが頑丈な会場が歓声で震える。ファンがあげるその声の集合のなかに私も混ざっていた。
 シングルリリースから数か月。やっとQOP(The QUEEN of PURPLEの略称)の初お披露目の公演ということで、久しぶりにナナスタを訪れ、久しぶりにマツリを見た私は、彼女の姿に見とれた。
 黒と紫を基調とした衣装は、クールかつセクシーだが、パフォーマンスは圧倒的にパワフルだった。身体がすっぽりと隠れてしまうほどのドラムセットに真っ向から挑み、豪快に演奏する。他の三人も個性的なパフォーマンスをしていたが、彼女達に負けず劣らず、だけど壊し合うのではなく共鳴する。
 もちろん四人とも技術的には完璧とは言えない。少しテンポが速いし、ミスもある(気のせいかもしれないが、マツリのミスがやや多かったと思う)。だが、それも会場の熱気が覆い隠す。ドラムに隠れてあまり身体は見えなかったが、腕はムチのようにしなり、眼光は鋭い。たまに帽子を押さえる仕草はチャーミングだ。4人を順番に見ていたつもりだったが、気がつくとマツリのみに視線を注いでいた。
雰囲気に、空気に、音に、そしてマツリに、没頭していた。自分が溶けていたような感覚だったと、今なら思う。その瞬間はこんな風に自分を俯瞰する余裕はなかったが。
マツリの表情が緩んだと思ったら、いつの間にか曲が終わっており、私の声は枯れていた。
 「ふー!どもども、The QUEEN of PURPLEでした!みんな、楽しんでくれた?」
 マツリは疲れ切った、でも笑みを浮かべて息を吐き、会場に呼びかける。私はそれに応えようとするも、声がかすれて出ない。
 「楽しんでくれてアタシも嬉しいよ!頑張って練習した甲斐があったってもんだ!」
 「マツリさんほんと最高に可愛かったよ~♡一生懸命イチから練習する姿も守ってあげたいって感じだったけど、今日のマツリさんにはむしろ守ってほしいまである!」
 「ほんとだね、よく初心者からここまでこれたと思うよ。」
 えっ、どういうことだ。ファーブさんの一言に、会場がざわつく。
 「ああ、言ってなかったっけ。こんなかでマツリだけ未経験者なんだ。けっこう練習したんだよ。」
 「いやー、けっこうどころの騒ぎじゃなかったぜ?マメがいくつ潰れたことやら。」
 えーっ!すげー!会場が騒然とする。私も驚きだった。それは、彼女が経験者に負けないパフォーマンスをしていたからというよりもむしろ、私の予想とは違っていたからだった。私は、マツリはバンドをやりたたくてアイドルになったが、できないので半ば仕方なくゲームパフォーマンスのようなものをやっていたのだと思っていた。しかしそうではなく、ドラムもQOPになって初めて触ったらしい。自分の予想が崩れ、再びあの疑問が浮かぶ。
 三森マツリは、どうしてアイドルになったのだ…?
 その日の公演が終わり、ラーメン屋で醤油ラーメンを食べても、家に帰っても、答えは出なかった。

 数日後、久しぶりに表れたマツリに、私は尋ねた。
 「なあ、マツリ。なんでお前はアイドルをやってるんだ?」
 「ん?前も言わなかったっけ。やってみたら意外と面白かったからだよ。」
 「そうじゃなくて、目標だよ、なんで食えないのにアイドルをやって、なんでウケないのにゲームを題材にパフォーマンスをやって、なんで初心者なのにドラム叩いてるんだよ。お前は、何がしたいんだよ。」
 マツリは、思わず語気が強くなった私に目を丸くしたが、すぐににやっと八重歯をのぞかせる。
「それはね…」
そこで目が覚めた。夢だった。QOPの公演以来、私はほぼ毎晩この夢を見る。あれからもう1週間経ったのに。自分がこの問いに囚われているのを感じる。それは不快ではないが、楽しいというものでもない。
QOPの初公演は終わったが、まだマツリはウチには来ていない。もう来ないかもしれない。ギャラリーだった子どもたちも、今日は来ているかなとマツリの姿を探すことが、ほとんど無くなった。
だけど、私はきっとマツリの公演にまた行くのだろう。彼女が私になにも語らないとしても。
「お前、すっかりマツリちゃんのファンだなあ。」
 叔父は笑う。
 「曲聴いてみたが、まだやっぱり女の子って感じだな。ジジイにはよくわからんよ。」
 
 見当外れのことを言っている叔父に対して、私は口を開いて、しかし何も言葉を発することなく閉じる。彼女についての「物語」は、私のなかでもまだ混沌としているからだ。だから、それを語るかわりに、ただこう言った。
「そうだな、ファンだよ。意外と面白いよ、アイドルってのは。」




あとがき
これはもともと、1年ほど前に本ブログにあげたマツリさんについての小説でした。今回も内容はその時のものとほとんど同じです。誤字脱字の修正にとどめました。1度消したものを再度あげる気になった理由は単純で、エゴサしてたら「あれ面白かった」と言ってくださった方を見つけたからです。私自身、拙さが残るどころか拙さしかないこの小説まがいを最後まで嫌いになり切れなかったので、あげ直すことにしました。以前書いた記事で言及した「小説」というのはこれです。つながりがあるのかないのか自分でもよく分かりませんが、あわせて読んでくださると嬉しいです。それでは。