1回転する教育社会学?

11回転する教育(社会)学?

 暑い日々が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。私はレポートがあと2つほど残っていて、それを終わらせるのに頑張っているところです。
色々な本を読んだり勉強したりしましたが、今期は特に森重雄の議論を中心に追っていたような気がします。
森重雄とは…という話をし出すと長いので、こちらの稲葉振一郎の議論を読んでいただくのが分かりやすいと思います。

synodos.jp


ざっくり言うと、森重雄はいわゆるポストモダン系の教育社会学者で、社会調査をほとんど行わず、理論研究に特化したかなり珍しいタイプです。ウェーバー、デュルケム、マルクスパーソンズといった、社会学者の大家の古典を読み解き、難解と言われるフーコーイリイチ、アリエスらの「ポストモダン」の思想家を取り込んで独自の(これまた難解な)議論を展開しました。ただ、その歩んだ経歴は必ずしも王道ではなく、東大の助手からキャリアを始めながらも、最終的には電通大の教授としてその学者人生を終えました。
「異端の教育社会学者」というとかっこいいですが、しかし、彼の及ぼした影響は非常に大きいものがありました。森は「教育」が普遍的なものであるというのは誤りで、それは極めて近代に固有な概念であるということを指摘します。また、教育学者はそのような虚構的な「教育」概念の上に胡坐をかいてきたのだとも批判します。非常にショッキングな指摘であったことは容易にご理解いただけると思います。
しかし、それにも関わらず、没後10年を過ぎる今でもなお、その議論が正面から精査されたことはあまりありません。森の議論は、多くの引用がなされたものの、正面からその妥当性が論じられた機会は少ないのです。森の切り開いた議論を横目で追いながらも、それをとりあえず放置しているのが現状であるような気がします。上の稲葉振一郎の論考も、基本的にはそのような認識をもっていると思います。
 例えば、仁平典宏の「〈シティズンシップ/教育〉の欲望を組みかえる」(2009)という論文を見てみましょう。この論文は、日本の教育社会学におけるポストモダンの受容における2つの「インパクト」を紹介しています。1つ目が「フーコーインパクト」(1960~80年代)。フーコーイリイチ、アリエス、そして森。国家が福祉国家的に手厚く管理する様子を相対化・批判したのが彼らでした。手厚い保障は厳格な管理に容易く結びつきます。彼らはその欺瞞を糾弾したのでした。
しかしその後世界はいわゆる新自由主義へと変わっていきます。そこではそれまでの徹底的な管理は(見かけ上)失われ、選択と集中による新たなルールが台頭してきます。しかしそれは無法地帯に陥ったということではありません。学校制度から生涯学習へという変化が1番分かりやすいとは思いますが、主に空間的に区切られた範囲――例えば学校――での管理が行われていた状態から、そのような区切りが失われ、人生のすべての場所・時間において、「学ぶ」ことが「強いられる」ようになる。このような「権力」が瀰漫した社会が「管理社会」であり、仁平は論者の名前を取って「ドゥルーズインパクト」(1990年代以降。ドゥルーズの「追伸―管理社会について」が発表されたのが1990年です)と呼んでいます。この2つの「インパクト」とパラレルに変化した、「シティズンシップ」を絡めて論じたのが本論文の特徴です。
 ところで、実は私はつい最近まで「シティズンシップ」というのは政治参加をするというような、能動的な能力のことを指すのだと思っていたのですが、それだけではなく、「シティズンシップ」は、国籍や社会保障のような、受動的・属性的な権利のことも指すらしいです。シティズンシップ教育の専門家の先生の授業を聞いて初めて知りました。

しかし、私(二十歳そこそこの若造)がそのような勘違いをするのも致し方ない部分もあるようで(まあ単純に勉強不足の言い訳なのですが)、というのも、「フーコーインパクト」で批判されたような福祉国家的な政策が盛んであった時には確かに「シティズンシップ」は上記のような権利の部分を強く出した概念であったのですが、次第にそれは「画一的で、個性(複数性?)を削ぐものだ」と批判が集まり、「ドゥルーズインパクト」で批判されたような新自由主義的な時代には、私が想起していたような、「社会参加」の面を強調した概念に変化したからなのです。変化したシティズンシップ概念の下で教育を受けてきた私が、変化する前の――「時代遅れの」――意味を知らなかったというのは、妥当だといえるかもしれないという話です。

さて、「個性」といっても、それは「なんでもいい」ということでないのは当たり前です。「個性を活かして政治的参加を積極的に行う」という理想像は明確にあるわけですから、それはそのような理想像の枠から外れない範囲での「個性」にほかなりません。
「個性的であることの押し付け」、それは苅谷剛彦辺りが2000年前後からゆとり教育に絡めてかなり批判した部分でもありました。この種の言説の厄介なところは、それが福祉国家時代のように、明確に「管理」としては現れてこないところです。例えば私たちは生涯学習について、「現代は生涯学習の時代だ。一生学び続けることが大事だ」と言われたとき、「ううむ、確かにそうかもしれないなあ、頑張らないと」と実際思うわけです。私自身もそう思います。「学習」というものが普遍的によいものだと考えるからそう思うわけですが、しかし、本当にそうでしょうか。その裏には何かしらのメカニズムが働いてはいないでしょうか。例えばドゥルーズは上記の論文の中では「企業」の語を用いて批判を行っています。ドゥルーズの議論を詳細に検討する力はとてもないのですが、自分が寄りかかる価値観――「生涯学習」、「個性」、「政治的参加」――これらを検討することは、非常に重要であることは確かでしょう。「個性を出すことが求められているよね」「主権者として政治参加するのが大事だよ」――全否定するつもりはありません。ただ、そこに何らかの「意味」が含まれている可能性について想像力を働かせるのが大事だと思います。仁平のこのような指摘は、現代に生きる私にとって非常に身につまされる話であり、興味深い議論でした。
ただ、ここまで慎重に歴史を眺め、何かしらの価値観に身を委ねることを慎重に避けてきた仁平が、論文の最後に提示する解決策は、やや素朴に過ぎるような気もしました。彼は、「シティズンシップ」の虚構性を指摘しつつも、「シティズンシップ教育」は「教育」によって「シティズンシップ」の外側に出ることができる可能性があると主張します。「教育」によって「シティズンシップ」を相対化し、それで形成された「シティズンシップ」をもって再び「シティズンシップ教育」の質をさらに挙げていく。そのような相互に与える影響こそが、「真の」「シティズンシップ」を形成するのではないかといって、論文を閉じます。

しかし、そのような素朴な「教育」の概念をこそ、森は、つまり「フーコーインパクト」を与えた論者たちは、批判したのではなかったでしょうか。ここで私は、議論が1周したという感覚を持たざるをえません。結局、仁平の「シティズンシップ」をめぐる議論は、「フーコーインパクト」と「ドゥルーズインパクト」の外に未だ出ていないのではないか――私は、このような疑問を持ちました。では、どうすればいいのでしょうか。
おそらく、私たちは、フーコーを、森を、そしてドゥルーズを、読まなければならないのでしょう。読んだうえで、その先を模索せざるを得ないのでしょう。ただ、もちろんそれは簡単なことではありません。どの論者も難解極まりない文章を書いていますし、私は未だ彼らを論じる力は全くありません。一生かかっても無理なような気さえします。才能ある人にそういうのは任せて、自分は自分のできることをやればいいのではないかと思います。
しかし――ここを越えなければ、結局は元のところに戻ってしまうのではないかという不安を私が抱いていることもまた事実です。何とも言えないもやもやを抱えながら、私は今日も教育社会学を学んでいます。

 フィクションに安易に現実を投影するのはご法度ですが、これを書きながら、アニメ「K RETURN OF KINGS」の再放送を観ていました。青のクランと緑のクランが目指す世界の重く苦しい対立に息が詰まらせながらも、私個人としては赤のクランに思いを寄せています。いよいよラストスパートなので、物語の展開を楽しみにしつつ、櫛木アンナちゃんの生きざまを見届けたいと思います。